デザイナーに求められる資質

20年前、ある企業で 「デザイナーに求められる資質」 として以下の要素があげられていた。

1.意欲、
2.知識、
3.感性、
4.創造性、
5.構想力、
6.表現力、
7.説得力、
8.実行力、
9.文化や社会動向を把握しているか、
10.企業の経営理念や精神を理解しているか、
11.事業の経営的な見地で業務を推進しているか、
12.具体的に行動しコンセプト、ビジョンやデザインの提示をしているか。
 20年前に求められていた資質と今求められる資質を比較してもは、さほど大きく変化していないことがわかる。
  21世紀のデザイナーとして、ITを無視してリアルな世界だけで生きていくのも一つの方策かも知れない。しかし、それはさまざまな面 で大きなチャンスを失うことにつながる。 ITを活用するとデザイナーが直接ユーザーとの双方向的、総括的コミュニケーションが行えるからである。ユーザーの意見を聞き、今後のモノづくりに活かすことができることは、デザイナーにとって非常に有効である。さらに、デザイナー自身をブランドとして捉えた時、デザイナーの思想や哲学を社会に対してアピールでき、新しい世界や仲間をつくりたいというデザイナーの思いを世界的に発信できる点も大きな強みである。  
 このIT時代に求められる21世紀のデザイナー像を考えるとき、次の3つのキーワードがある。
1)かたちのないバーチャルな世界をよりリアルにデザインする能力
2)IT時代に対応した新しい経営資源としてのデザイナーの役割
3)デザイナー自身のデザイン哲学(Philosophy) バーチャルをリアルにデザインするということ
ITの世界が拡大すれば、より簡単にリアルな世界での体験をバーチャルな世界で実行し経験できるようになる。現在のバーチャルの世界は、大半が画面 や音などで視覚と聴覚を中心にデザインされている。しかし、IT化がより展開すれば、アウトプットの仕方は、視覚、聴覚だけではなく、触覚、嗅覚など様々な感覚に対してのアプローチが可能となってくる。リアルな世界で無意識に感じ、行っているさまざまな行為(表情やしぐさ、立ち居振る舞いなど)をデジタルとして分析処理し、アウトプットさせることが望まれるだろう。
 たとえば、「自転車に乗る」ということをバーチャルで体験させようとする。自転車のハンドルを右に倒せば、車体は傾き、右にまがる。そのとき、人は無意識に重力を感じ、前からくる風を感じ、傾きを感じている。バーチャルの世界で「自転車にのる」行為を体験させるためには、無意識の感覚や行為をすべて分析、データ化しインプットしなければならない。
 人それぞれによって、感覚は異なっているので、デザイナーは、どの感覚がより自転車に乗っているという事実を感じさせやすいか、より一般 的であるかというモデルケースを技術者に提供しなければならない。技術者の分析に対し、どのデータを選択するのかを決定するのは、人の動きや感覚をよく知るデザイナーの仕事である。
 また、ITが浸透したからといって、バーチャルな世界だけで過ごすことはありえない。私たちはバーチャルな世界とリアルな世界を交互に渡り歩くのである。
 バーチャルな世界での情報であっても、脳ではリアルな体験とは区別せずに処理している。バーチャルな世界のモノの形や操作の仕方は、リアルな世界での経験にもとづいて判断される。逆にバーチャルな世界のみの体験であれば、その経験をそのまま記憶し、蓄積していく。IT化がすすみ、よりバーチャルな世界に接する時間が長くなることで、バーチャルな世界の情報は蓄積されるであろう。リアルな世界とバーチャルな世界の情報の混乱が起こらないためにも、バーチャルな世界のイメージをつくる時にリアルな世界での体験を分析し、バーチャルな世界に適切に活用することが、インダストリアルデザイナーに求められる。
未来を提案し、具現化する能力
経営資源としてのデザインを考える時、重要な点は、新たな夢の構築である。
  夢というのは、品質第一、顧客本位などという四字熟語で表されるものではない。夢はつねに一人称であり、生々しい三次元の動画であり、また人々の五感に訴えかけるものの創造である。「私がこういう新しい世界をつくりたい」という明確な思いこそがすべて行動の出発点となる。
 今まで未来のイメージは、デザイナーではなく、コンセプターや評論家が描いていた。しかしこれからの時代には、現実の技術やこれから開発されるであろう技術を統括し、未来のイメージを描く能力を持つデザイナーの関与が求められるであろう。デザイナーの未来を描く能力によって、技術者や他開発に携わる人に開発中の技術が「どのような未来を実現するのか」の視覚的なイメージを与えることができるからである。目的が明確化されることで開発時間の短縮につながるからだ。インダストリアルデザイナーに時代の先取性のメカニズムが内蔵されているからこそ、夢の提供ができるといえる。
 特にIT時代になり、優れた夢が求められる。新しい時代に素早く対応し、牽引力となる夢がなければ、大企業であっても生き残れない時代になったのだ。
デザイナー、技術者、ユーザー(一般のデザインを専門としない人)との境界線が曖昧になり、徐々に一体化しつつある。デザインや作法なb閧ツつある。このような開発プロセスにより一元化されることは、技術者にとって脅威であり、逆も同じである。  では、インダストリアルデザインはどのようなメソッドで戦っているのだろうか。
技術者とデザイナーの違いは、技術者が技術的な情報をベースに提案しているのに対して、インダストリアルデザインは美しい、役立つといった文化的な情報をベースにイメ-ジを提案している点である。次章で詳しく述べるがIT化によりものづくり環境が変化し、技術者とデザイナーは同次元で議論し交流できようになった。モノづくりを業としている人々にとって、歓迎すべき点である。デザイナーは自分自身の持つイメージをより正確にモノに反映できるようになったからである。デザインを生業とする人は「美しい」とか、文化的背景への見識において今まで以上に高いところを目指さなければならない。それが真の職能要件になるのではないだろうか。

 IT化によりインダストリアルデザインのモノづくり環境がどのように変化しているかをイメージからモデリング、製品化までのプロセスと具体事例で考えてみる。
  以前は、インダストリアルデザイナーがアイデアをイメージ化するためにスケッチを描き、製図機で2Dの3面 図を描き、モデルを制作、設計部門に引き継ぎ、設計、金型製作とすすみ、そして製品化されていた。
 現在、インダストリアルデザイナーは、アイデアをCGグラフイックで描き、2DCADで図面 を作成、モデルを制作し設計に引き継ぎ、3Dワイヤーフレームでサーフェ-ス(厚みのない面 はり)設計され、金型製作、製品化している。
 今後は、インダストリアルデザイナ-がアイデアを3Dソリッドで描くと同時にバーチャル製品の設計まで一括して行なわれるようになる。そして、構造解析、機構解析、振動解析は、データをソフトに入れるだけで可能となり、データ製作時間も従来の約1/5に短縮される。すなわち川上でインダストリアルデザイナーが作成したデータのみで、川下の金型、製品まですすめられるようになる。開発にかかる時間が削減され、より迅速に商品化が行えると同時に、製造部門とデザイナーが共通 の認識をもって開発が行える点が評価される。また、製造部門とのコラボレーションが増えるため、デザイナーのプラクティカルな専門性のほかに、全体をプロデュースする能力、統括する能力が求められる。
  クリストファー・ロレンスは、「IDデザイナーは、技術と消費者の双方に直接に接触することができる唯一の人間だ。彼等は、製品マネジャーやそのほかのさまざまな調整役が導入されても、コンセプトから市場導入まで、すべての開発と生産プロセスを通 じて新製品にかかわるただ一人の人間である」(引用『デザインマインド』翻訳;紺野登/出版ダイヤモン社)と、デザイナーを技術と消費者を結ぶ資源であり、新製品開発では中心的役割をになう唯一の人間であると言っている。
 デザイナーは、開発と生産プロセスにおける問題を明確にし、解決策を提示、イメージ化する。デザイナーの持つ経験や知識、継続と知識に裏付けされた行動により、的確な指針を示すことができる。IT時代、ものごとは迅速に進んでいくからこそ、一層すべてに通 じている者の瞬間の的確な判断が求められる。

デザイン哲学が問われる時代
デザイン哲学とは、デザイナー自身の持つ独自の世界であり考えである。その世界のないデザイナーは、単なるデザイン職人であると考えられる。これは、リアルとバーチャルの世界に共通 することである。ITの時代には、企業規模や資金力などではなく、「デザイナー自身、デザイナーの哲学」が問われるのである。  
時代の流れは高速になっており、「拡大、縮小」「必要、不必要」「成長、衰退」「ON.OFF」など近代文明の基本的な考え方であるニ項対立が極端に現れている。今後は情報の伝達、開示により、つねに「真・実」が瞬間に明らかになる。今までのように素材や機構、構造がブラックボックスであることはなくなり、全てのシステムや考えが透明となり、透明であるからこそ、核となる哲学がつねに表面 にさらされ、問われるのである。

「感動ある創造」と「知的好奇心」を基本に持つことが必要
>我々デザイナーは、人間の本質をよく研究し、知る必要がある。
以前、故本多啓介博士(前本多電子株式会社会長)に興味深い話を伺ったことがある。  『哲学者のヘーゲルは 『生物と無生物との差異について、生物には、感性と興奮性があるが、無生物にはない。さらに生物は子供をつくる(DNAを持っている)が無生物は子供をつくることができない(DNAを持たない)と言っている。言い換えるならば、感性と興奮は「感動」であり、子供をつくることは「創造」と考えてよい。人の価値は「感動ある創造」を生み出すところに大きな特徴があるといってよい。ヘーゲルのこの考え方は大変重要な意味を含んでいる。生命体(人間)がよりよく生きるということは、「感動ある創造」を実践することであって、我々人間が日常の中で生きる時、毎日感動を持って、創造性のある仕事をしていないとすれば、我々は真に生きているとはいえないのではないか。』と述べられていた。
 人間にとって「感動ある創造」は、人が人間として生きている意義を考える上での重要なキーワードである。
 また、ライアル・ワトソンによれば、人間が他の動物と異なり現在のように進化した唯一の理由は、人間は好奇心が旺盛で、環境が変化したり悪化してもこれらのハンディを逆に「おもしろい」と捉え、つねに知的好奇心をもって環境改善にチャレンジアップしてきたからである。「知的好奇心」こそ人類発展の最も重要な特質である。
 ITにより人々の概念、社会構造に大きな変革が起こっている。その変化の時代をおもしろいと捉え、「感動ある創造」と「知的好奇心」という人間の本質にあふれるインダストリアルデザイナーが求められている。
プロ意識を持つということ
デザイナーだけでなく、すべての人にプロ意識は求められている。プロ意識のある人とは、自分の行動に対して責任をとれる人、責任の持てる人のことをいう。
  企業内デザイナー、フリーランスデザイナーと、立場の違いは関係ない。この責任には、さらに3つのクラスがある。デザイナー自身の責任を中心核として、所属する集団や企業に対する責任、社会に対する責任と3重の輪になっている。
 第一のデザイナー自身の責任は、デザイナーが、自分自身の中に真実を持つこと。自分を偽らず、最善のモノをデザインしているかどうかが問われる。
 第二の組織への責任は、組織にとってデザインされたモノが果たす役割を認識し、目的にそったモノをデザインしているかである。
 第三の社会への責任は、モノが与える社会への影響を考える責任である。社会へ与える影響とは、使用者への影響や地球環境への影響などがあげられる。良い点も悪い点もあると思うが、デザイナーは両方の点をよく理解することが必要である。
 IT時代になり、さまざまな意見が直接的にデザイナーに聞こえるようになった。学者や研究者などの専門家からの指摘や消費者の意見を素直に受け止め、聞く姿勢が必要である。
21世紀に求められるデザイナー像
ITによって、国の垣根を飛び越えて世界が同次元で繋がるようになり、主体性、思想、民族性などが問われる時代になった。このような時代は、ひとりひとりの思想と哲学が問われるようになっている。そして、淘汰され生き残った思想や哲学だけが、社会を動かすことになる。
 アイデアや未来に対するヴィジョンが資本力や組織力より求められる時代。
デザイナーが今まで以上に求められる時代である。アイデアや未来に対するビジョンの核となるデザイナーひとりひとりの思想や哲学についてデザイナー自身が真剣に向き合い、考えるチャンスを、IT革命がもたらしたと、われわれは考えるべきである。
このコラムはJIDA 「IT革命とデザイン新世紀」の
掲載内容を加筆したものです。

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